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○ 宇宙〜銀河点 宇宙の創まり 宇宙は誕生の直後にインフレーションと呼ばれる猛烈な加速膨張を起こし、10-34秒後までに莫大なエネルギーの解放により加熱され、超高温・超高密度の火の玉となったのがビッグバンの始まりであり、このインフレーションとともに時間が流れ空間が広がり始めた ― という理論によると、宇宙の創まりは極小の1点になると考えられています。
![]() 銀河団 私たちの住む地球は、膨張する宇宙のほんの一部である、広大な銀河系のなかの辺境に位置する太陽系に属しています。 ![]() 私たちの銀河系(想像図) 夏の夜空に流れるように見える天の川は、銀河系の円盤状に広がった膨大な数の星の大集団を、私たちが内側(地球)からから眺めている姿です。
太陽系が属する天の川銀河系は、約2,000億個の星やガスが集まって、渦巻き状の凸レンズのような形をしていて、直径が10万光年、厚さは中心付近で1万5,000光年、周縁部では1,000光年位だと考えられています。 ○ 太陽系![]() 太陽系 太陽は、銀河系に1,000億個以上ある恒星のうちの一つで中位の大きさと明るさをもつ平凡な星です。他の星に比べて太陽が明るく大きく見えるのは地球に距離が近いためです。 太陽系は、46億年程前、初めはガス雲だったものが、回転するうちに円板状となり、中心にできた重い部分が周りのガス雲を集めて原始太陽となり、太陽から離れた所では、ガスが冷えてできた氷や金属の小さな粒が塊となって衝突をくり返し、さらに大きな塊となりぶつかり合って、やがて地球型惑星(岩石惑星)と周囲のガスを取り込んで成長した木星型惑星(ガス惑星)が誕生しました。 太陽系の中では、太陽はとびぬけて大きな天体で、太陽系の全質量の 99.8% を太陽が占めています。(さらにその残りのほとんどが木星のものです) 火星と木星の間の小惑星帯より内側の領域に位置する地球型惑星を内惑星、外側の木星型惑星を外惑星としています。 太陽から一番外側の惑星、海王星までの平均距離は約45億kmで、8個の惑星は太陽の周りを楕円を描いて、ほぼ同じ軌道面を同じ方向に規則的に回っています。この惑星の軌道運動の法則は17世紀にヨハネス・ケプラー(1571〜1630)によって解き明かされ、‘ケプラーの法則’といわれています。 地球は太陽からの位置により、太陽系第3惑星ともいわれています。地球は自転しながら太陽の周りを公転しています。地軸が23.4度傾いた自転周期は0.997日、公転周期は365.26日、赤道半径は6378kmで、地球型惑星の中ではもっとも大きい惑星です。
○ 太陽![]() 太陽 私たちすべてにふりそそぐ光と熱の源、‘太陽’(実施等級:-26.8等、絶対等級:4.7等)は、直径は約140万km (地球の約109倍)、質量は約1.99×1010kg (地球の約33万倍)、表面は絶対温度が5800K、地球からの距離は約1億5,000万km (= 1天文単位)です。 太陽は燃えながら膨大な量のエネルギーを放出しています。重力によって強く圧縮された中心部は高温・高密度(約1,500万度・160g/cm3)で、4個の水素原子核が1個のヘリウム原子核に変わる核熱融合が起きています。このエネルギーが放射し、ふく射層に運ばれ、その外側にある対流層によって光球に運ばれ、光球の放射によって、外の空間に出ていきます。 地球上に到達する太陽エネルギーの1時間分の量は、1年間に消費している世界全体のエネルギー量よりも多いといわれています。 ○ 古代からの天体観測古代から人々はじっと天を眺め、回転する太陽、月、星々にさまざまな想いを馳せてきました。眼前に広がる天体の動きが、何であるのかを説明し、秩序を見出して理解しようと努めてきました。 輝く太陽や星々への憧れが信仰となり、数多くの天の神話が創られ、星占いが生まれ、星に名前をつけました。星座のはじまりは紀元前3,000年頃、バビロニアのカルデア人が創った12個の星座だといわれています。 どうして人々は天体の動きを観測し予測しようとしたのでしょうか。 紀元前3,000年頃の古代エジプト文明では天体観測により季節を知る暦がつくられました。紀元前5世紀から4世紀頃、アリストテレスやプラトンといった古代ギリシャの哲学者たちは、宇宙の合理的な解明に努力しました。2世紀にギリシャの天文学者プトレマイオスは精密な天体観測を行い、天動説を唱え、16世紀に地動説が唱えられるまで、優勢でした。 そして、一部の文明では天体の知識が極めて正確に体系づけられ、長期に渡る観測により、精密な暦が生まれました。また、天体の知識を利用して住居を設計し、食事場所を建設し、観測施設を発展させることもありました。
この頃多くの文明では、太陽観測施設として、冬至と夏至を記す目印を地平線上の遺跡に合わせて造り、朝日を正確に取り込む開口部を配備した遺跡が残されています。 その頃の太陽観測施設とさるものには、メキシコ南東部のマヤ文明のチチェン・イッツァ遺跡のカスティーヨ(暦のピラミッド)、ペルーインカ帝国のマチュ・ピチュのインティワタナなどがあります。
中世の終わりになるとヨーロッパなどでは科学的な精神が強くなり、近代の天文学の基礎が生まれました。はじめて望遠鏡を使って天体を観測したガリレオ・ガリレイ(1564〜1642)は、ニコラウス・コペルニクス(1473〜1543)が唱えた地動説に有利な証拠を多く見つけました。アイザック・ニュートン(1642〜1727)が万有引力を発見するなどの物理学の成果により、宇宙が科学的に解明されるようになり、アルベルト・アインシュタイン(1879〜1955)の相対性理論により、今日の宇宙物理学の基礎が築かれたといえます。
○ 季節の移り変わり宗教や文明にしばしば太陽や星々の足跡が残されているように、私たちは自然環境や季節の移り変わりと密接に結びついて生活してきました。 地球は自転しながら太陽の周りを約1年かけて公転しています。地軸は公転面の垂線に対して、23.4度傾いていることから、太陽は毎日同じ位置から昇ることなく、時期によって太陽の高度と日照時間が変化します。 毎年3月20日頃の春分になると、太陽は真東から昇り真西に沈みます。北半球では、太陽が昇る地点は夏至の6月21日頃まで毎日北に少しずつ移動し、夏至に地平の最も北よりを運行するとき、太陽の南中高度が最も高く日照時間は長くなります。そして、また南に移動し9月23日頃の秋分に太陽は真東から昇り真西に沈みます。冬至の12月21日頃、地平の最も南よりを運行したとき、南中高度が最も低くなり日照時間は短くなります。この年間周期により、太陽から受ける光と熱の量が変わるので、私たちは季節の移り変わりを感じます。 ○ 方位古代の人々は夜空の星が1年の時間の流れとともに、北極星を軸にして回転するように規則正しく運行していることを知り、太陽と同様に、季節や方角の拠り所としていました。 柄の先端の星が、太陽の昇る方を指すと暖かな時期(春)がやってくるのでその方向を「東」と名づけ、(「東」は木の間から日が出る様子を示した表意文字です)ある地点を指すと暑い時期(夏)になるのでその地点を「南」と名づけ、太陽の沈む方向を指すと涼しい時期(秋)になるので「西」と名づけ、ある地点(南)の反対側を指すと寒い時期(冬)になるので「北」と名づけたといわれています。
現在、地球上では、地軸を基準に東西南北の方位が定められています。北極点つまり、地球の自転軸の北端(北緯90度地点)を指す方位を真北(しんほく・しんぽく)といいます。建築基準法では、真北を北として用います。反対は南、そして、太陽が(極地以外で)地上に昇る方向は東(地球の自転する方位)、沈む方向は西です。
太陽や星々などの天体の活動といった自然の法則を人々が生活に役立ててきたことが理解できます。
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